ロック/ラウド/メタル WEBマガジン
TOP | ARTIST | COLUMN | INTERVIEW | NEWS
TOP | ARTIST | COLUMN | INTERVIEW | NEWS

|| COLUMN ||

【第4回】白目の使い方

ライブシーンにおいて、ことライブハウスでのライブパフォーマンスをするにあたって、演者とオーディエンスの距離は相当に近い。一般的に「ライブハウス」と言われるところは、だいたいキャパシティが 100-200 人程度が相場だろうか。そういう会場での演奏は、演者の汗がかかったり、ひるがえった衣装が最前列のオーディエンスに当たることすらある。
 
いわゆる「ライブハウスでのライブ」でステージに上がる演者がでオーディエンスと接している距離というのは、そういう距離だ。一般生活で、知らない人は立ち入れない距離だとすら、言えるかもしれない。
 
そういう至近距離でのライブ演奏では、不思議なもので、口には出さないことが色々とフロアにわかってしまう。体調が悪いとか、荒っぽくやっているように見せているが実は空元気だとか、今一つ集中していないとか、なんだか知らないが機嫌が悪いとか、色々と。
 
 
■オーディエンスの感覚でのカテゴリ分け
 
ライブハウスでライブを見る人には、いくつかの種類があって、見る人、聴く人、感じる人の三つに大別できる。
 
1. 見る人 : スピーカーからの音はもとより、ステージでの仕草、表情に大きな影響を受ける。場合によっては見えないものまで見ていることもある。おれはこのタイプだな、たぶん。
 
2. 聴く人 : 1 と違って、必ずしも視覚情報に頼らないでも、ライブを楽しめる人。ロック系では会場の後ろの方にいることも多い。ジャズ系のライブハウスにいる人はこのタイプか?
 
3. 感じる人 : ビート感が来るとピョンピョンしちゃう人、問答無用でヘドバンしてしまう人、暗転しただけで奇声を発してしまう人、などなど。ライブに強く感情移入して、それが即座に体の動きに反映される人。
 
今回の主題は、主にこの 1 の「見る人」にどう「見せるか」「見られるか」という話。
 
 
■見る人はどうされたいか
 
例えば、ワンマンをやるようなバンドと、動員が 10 人程度のバンドの何が違うのかと言うと、挙げれば色々あるのだけれど、その一つに、ステージからフロアを見ているかどうか、ということを挙げたい。最近これがとても気になる。
 
ライブハウスにいる「見る人」は、同時に「見られたい人」でもある。なぜかと言うと、見る人は目を皿のようにしてステージを見ている。演奏中は言葉が通じないので、目線が行き交うことがコミュニケーションの代わりになる。もともと多くを期待しているわけではないが、視線を発し続けて、たまにその見返りがあると、コミュニケーションが成立して、得した気になる。
 
見る人は、ステージからフロアに視線が飛んでいれば、自分もフロアの一部なので、見られていないとは思わない。他の誰かが見られていると思う。逆に、全員が楽器を凝視して一生懸命演奏しているような状態の場合、見る人は、フロアのどこも見られていないので、ステージから切り離されたと思う。ちょっと極端だけど、見る人の心理はこんな感じだ。
 
あくまで個人的な印象だが、動員を伸ばしたいとか、数字を出したいと思っているバンドで、しかしながら動員が伸びないバンドの中にわりといるのが、フロアをほとんど見ていないバンドだ。これは、見る人 (= 見られたい人) には基本的には訴求しにくい。逆に、ワンマンツアーをやるようなバンドのライブでは、常にステージの誰かから目線や音や仕草で見られている感じがする。音や仕草で見る、というのもおかしな話だが、要するにステージからの意識がフロアに向いている、ということだ。
 
 
■目と視線の使い方
 
この「見え方」「見られ方」というのは、必ずしも演者本人の意図と 100% 一致するものではない。「自分今いい表情した!」と思っても、髪がかぶっていて、最前列以外には表情が見えていなかったり、「今日はフレットばかり見てて余裕がなかった~」と思っても、ストイックに弾いている姿が良かったなどと言われることがある。
 
結局のところ、自分が「どう振舞ったか」ではなく、見ている人に「どう見えたか」が評価につながるので、「こう見せればこう見えるはず」ということがわかっていればフロアに効果的にアピールできるようになるだろう。
 
その中で、意図的に使えて、かつ効果が上がりやすいのが、「目」だ。
 
どういうことかと言うと、たとえばこんな目がある。

これを今、正面を向いているものとする。
 
これが左を向いている目。

 
これが右を向いている目。

 
この三つの中で、こちらに向いている目だと思うのは、正面のものだろう。
 
で、この目と視線をどう使うかという話なのだ。
 
こんな顔があるとする。

 
これは我々から見て左側、本人から見て右側、下手 (しもて) 側に顔を向けた状態、ということになる。今この演者が見ているのは、下手側のフロア。正確に言うと、「この演者が下手を見ていると我々が思う」という状況だ。
 
で、これを視線だけセンター方面に振ってみる。

 
こうすると、顔は下手を向いているけど、視線は中央寄りに見せていることになって、下手と中央の両方カバーできる。先ほどの下手を向いた画像より、今これを読んでいる我々の方を見ている印象が強くなるだろう。
 
「見る人」が「見られた」と感じるには、「『演者がこっちを見ている』と思わせればよい」ということを先述した。顔そのものは比較的情報量が多い。顔を向けることで、向けた方向のフロアの人は「こっちを向いた」と思う。そこに視線がともなっていれば、「こっちを見た」と認識する。そこで視線を別方向に向けていると、「こっちを向いた」と「別方向を見ていた」を同時に感じる。これはこれで別の印象を与えるし、それでいて「こっちを向いた」という印象も与えることができる。
 
 
■王道とバリエーション
 
とは言っても、視線と顔の方向が揃っていることが基本であることには変わりがない。視線と顔と両方をフロアに向けることで、自分の存在をより強く印象付けることができる。音と視線と意識とでオーディエンスにアピールするのだ。
 
その上で、視線だけ別方向に向けるとか、あるいはあえて視線を切って引っ込んだ感じを作るといったようなバリエーションがある。曲間や間奏や演奏が静かになる部分で、照明を暗くすることと合わせると、その効果をより強調できたりもする。
 
なお、この話は、パートや立ち位置によらない。歌モノのバンドであれば、ボーカリストが最も印象的であるべきなのが基本だが、ギタリストを始めとする楽器隊、ベーシストやドラマー、あるいはステージで奥めに配置されたキーボーディストが、印象的な存在であってはいけない理由がない。
 
加えて言うなら、ギターソロパートなどで、ボーカリストが少し後ろに下がった場合、歌っていないので、必ずしも視線をフロアに向けている必要はない。だが、そこでギタリストが下を向いて黙々とギターソロを弾いていると、ステージからフロアを見ている人がいなくなってしまう。この場合、ギタリストが「おれを見ろ!」とばかりに顔を上げて弾くことで、フロアへの視線の供給を維持することができる。あるいは、もう一人のギタリストやベーシストがフロアに視線を向けてもよい。狭いライブハウスでこそ、こういうコンビネーションが効いてくる。
 
 
■白目を使え
 
ライブハウスの照明は、意外に逆光であることが多い。演者の後ろから、あるいは上から照らしているので、案外顔は影になりやすい。そして、ステージでのアイメイクは黒を基調にしたものが多い。
 
黒目の存在で、視線がそちらに向いていることをわからせたいのだが、黒目はアイメイクと同化して判別しづらい。逆に、アイメイクはそれによって目を大きく見せるためにあるとも言える。
 
では、その視線をより印象付けるものは何かと言ったら、白目だ。白は影の中でも浮き上がりやすく、照明が当たれば一番強く反射する。白目と黒目の使い方を研究することで、「どう見えていると『思わせる』か」をコントロールすることすら、できるようになるだろう。
 
 
■最終的にはバランス
 
今回の話は、一つのステージのピンポイントの一瞬での話をメインにしたが、数十分のステージの中で、始終ステージからフロアを見渡していないといけないという話でもない。最終的にはバランスだったり、ケースバイケースだったりする。視線は多いに越したことはないが、意図的に視線を切ったり、身振り手振りを加えたり、照明を活用したりすることで、自分たちの曲のイメージを、より効果的にフロアにアピールする方法の一部とすることができる。静かなところは静かに、激しいところは激しいと、演者が意図したように「オーディエンスが感じる」ステージが増えれば良いと思う。

■プロフィール
【JUN】 ヘヴィメタルバンド XECSNOIN (ゼクスノイン) のベーシストとして 2001 年から音楽シーンに参入する。現在は Sirent Screem、MaKORN にて活動中。00 年代後半より SNS 上でで個人名義でコラム執筆を開始。2015 年から、物書きを本格的に始める。在独経験を基にした独自の観点で、音楽はもとより、比較文化論から政治経済に至るまで多岐にわたり論評を展開中。その独特のわかりやすさ重視の文体が好評を博している。趣味はモータースポーツ在宅観戦。 
 
※個人ブログ  ⇒ 『長文御免』