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|| COLUMN ||

【第3回】再生媒体による世代格差

こないだね、ついにおれの家の CD デッキが壊れたんだよね。買ってた当時 1 万円ちょっとくらいだったかな。ビクターのポータブルデッキ。CD とカセット 2 個口と MD が再生出来るってやつ。CD 再生機能はとうに失われていたんだけど、カセットテープの再生機能はまだ生きてたから生かしておいたんだよね。そしたらいつの間にか電源が入らなくなってて。20 年近く経つけど、まあよく持ったよね。低音ブースト機能がついてて、結構迫力ある再生音だったしね。
 
そのデッキは仕方なく廃棄してしまったわけなんだけど、そこでふと、これで自分が 「CDを再生するためだけの装置」を持っていない状態になったことに気付いたのよ。とはいえ、そのデッキの CD 再生機能が失われたのはだいぶ以前のことだったので、「CDプレイヤー」がなくっても音楽をやるには全く問題ない状態で、逆にPC 用のメディアドライブは何台買ったかな、今 5-6 台目くらいかな?まあそういう状態でここ数年来てた。でも PC の、あるいはその周辺機器としてのメディアドライブって、CD というメディアに入っているデータとしての音楽を再生する機能も搭載されているっていうだけで、音楽CD を再生することが主目的じゃないわけだ。そういう意味では IT 化によって家電の統合が進む余波がうちにも来たかなっていう感じもする。IoT はまだかな(笑)。
 
■媒体による世代間のギャップを考えてみる
それに伴って考えてみたんだけど、おれはレコードプレイヤーって家にあったことないんだよね。親も音楽に疎い人で持っていなかったし、音楽聴き始めた時点で既に CD 時代だったから、自分でレコードプレイヤー買う必要がなかったしね。ちょうどレンタル CD 屋が出来て来始めた頃だったかな。
 
その頃から既に「 CD とレコードどっちがいい論争」はあったと思う。方や、レコードの方が温かみがあっていい、CD は音が冷たくていかん。方や、CD はレコード針による音の劣化がないし、再生も安定しているし音像もはっきりしている云々。当時、CD で音楽を聴き始めたおれは、なぜレコードを買う人がいまだ沢山いるのだろうかと疑問に思っていた。CD という新しいメディアが出てきたからにはそれなりの理由がある。新しい方で聴いた方がよいのではないかと。そこでふと思った。これが今の時代にも言えるのではないか?
 
どういうことかと言うと、音楽を聴き始めた時すでに CD 時代だったおれは、レコードで聴くという手法の存在を認識してはいたけれど、自分が実際に音楽を聴く時にはレコードで聴くという発想がなかったし、そもそも手段としての再生機器が身近になかった。
 
2016 年の現在、音楽を聴き始めるようになった人がいるとすると、その最初の再生機器はおそらくスマートフォンだろう。親が CD 持ってれば多少変わるかもしれないが。人生で初めて自ら音楽に触れた時期に「音楽はスマホに入ってる」あるいは「音楽は YouTube で聴くものだ」と認識してしまうと、そもそも「 (CD を含む) 再生媒体を買って聴くという発想が出てこない。レコード、CD 世代にはなかなか実感しにくい話なもかもしれないが、良い悪いの話ではなく、時代的にそういうことになったということだ。
 
■再生媒体の歴史
音楽を個人が媒体で所有して再生機器で再生して鑑賞するという行動の歴史はそれほど古くない。19 世紀後半に蓄音機が発明されて、日本では 20 世紀初頭から普及し始めた。ラジオ、テレビの発達はそれよりもう少し遅く、つまり 19 世紀までは、世の中には音楽と言うのはライブ演奏の音楽しかなかったということだ。
 
レコードが日本に出現し始めたのは、意外に古く明治時代からだ。当時はもちろん高級品、裕福な家庭にしか設置されなかった。その後、大正時代から徐々に一般に普及するようになった。二度の大戦を経て、1960 年代後半からカセットテープが普及し始め、1979 年にウォークマンが発売された。1980 年代後半から CD が普及し始める。ここまでは、仮にレコードが第一世代、CD が第二世代だとしても、「音楽が封入されている媒体を購入して、それを再生機器で再生して音楽を聴く」世代であることには変わりがない。要するに「音楽は手に持てる」と認識している世代だということだ。MD はあえて省略する(笑)。
 
1990 年代からPC とインターネットの普及によって、世の中の情報の多くがデジタル化していくようになる。CD だってデジタル媒体だが、ネットワークに乗るためのデジタル化とは、この時点ではまだまだ別物だった。そして、CD を PC で聴くという趣向の拡大にともなって、音楽のデジタルファイル化、つまり mp3 音源が出てくるようになる。ここから情勢は一気に変わる。音楽が手に持てなくなったのだ。
 
2005 年頃からさらに状況は変化する。iTunes Store が日本でのサービスを開始する。同年YouTube がサービスを開始、2006 年には Google に買収されている。スマートフォン自体は PDA も含めると90 年代くらいからあるのだが、iPhone で言うと 3G の発売が2008 年なので、本格的な普及はそれ以降ということになろう。
 
こうして音楽は「YouTube とスマホ時代」へと突入し、お手軽どころか、手の中のスマホの一機能へとその所在の変更を余儀なくされた。また、ネット経由で無料で聴けるのが当たり前となったことで、音楽へお金を払うことに抵抗を覚える人種というのも出現した。
 
■SNS 時代以降の音楽の聴かれ方
こうしてレコード → カセット → CD → mp3 と音楽の再生媒体が変化してきた。mp3以降については未知数だが、現時点では iTunes Music に代表されるようなデジタル配信の月額課金化が普及しつつある。
こうした音楽の聴かれ方の変化については、利便性、効率性においては当然と言える。十数曲のために、媒体をケースから取り出し、再生機器に設置し、再生する。その十数曲が終われば、装置から取り出し、ケースに戻し、次のものを取り出す。この作業に比べれば、スマホで SNS をチェックした後にYouTube を開き、アーティスト名を検索し、再生する。あるいは、月々数百円を支払うだけで、世界中の数十万曲の音楽を聴くことができる。この利便性の隔絶はどうしようもないほどに大きい。これは聴く側だけのものではなく、作る側においても、手にした音楽はとりあえず PC や用にデータ化してから聴く、という状況にもなっている。
 
■CD は生き残るべきか?
というような流れを見るにつけ、おそらく、今後生まれてくる世代、あるいはこれから音楽に本格的に触れるようになる世代には、円盤を購入して音楽を聴くという手法は、ますます縮小していく一方になるだろうと思う。なにせ再生手段である CD プレイヤー (あるいはその機能) が、その独立性をとうに失い、市場の片隅に追いやられている。CD やレコードという形態は、一部のコアなファンのものとして集約され、時折復権の兆しを見せることがあるかもしれないが、今でいうレコードの復権と同じような一時的なもの、または規模としてはそれほど大きなものにはならないだろう。残念ながら。そう、非常に残念なことながら。
 
既にCD は会場で買うもので、「ライブに行った記念アイテム」的な存在になっているとか、スタジオアルバムの CD はそれほど売れないが、ライブテイクをその場で録り下ろしたものを直後に会場で即時販売すると売れる、というような話が出てきている。
 
■手軽さと合理性には逆らえない。
そんなこと言ったって、mp3 より CD の方が音がいいじゃない、という意見があるのも理解するが、それを言う CD 世代の人は、CD 全盛期にそこまで音質の良さを追求しただろうか?コンポ 1 台買ってそれで事が足りていなかっただろうか。自分がしなかったことを、より選択肢の多い後代に強いるのは酷な話である。
 
音楽は日々の要素の一つであって、人間は日常において、動作と経済的に合理的な方向を指向する習性がある。すなわち、金がなければ米を買って娯楽をあきらめ、100 枚で戸棚一つを占領してしまうようなかさばるものとほぼ同じ要素がスマホの中に集約できれば、そちらを優先する。こういうことだ。
 
考えてもみてほしい。そもそも音楽を作っている側の方がむしろ積極的に音楽のデジタル化の恩恵に浴していないだろうか。レコーディングは完全にデジタル化され、作曲は DTMでやり、ミュージシャン同士の曲のやりとりも「データで」の時代だ。もうこの流れは不可逆と言っていいだろう。今さらオープンリールで「せーの」で録る時代には戻れまい。
 
■世代と媒体が音楽への接し方を左右する。
欧米に比べて、日本は比較的まだ CD が売れている市場らしい。音楽を実際に手に持つことで理解が深まるのだ、と言えば情緒的でいいのかもしれないが、単にデフレ社会で、他世代に比して人口の少ない若者が音楽にまで回す金がないだけなのかもしれない。その結果、若者の影響はさほど統計に表れず、CD 世代が今なお頑張って物理媒体を購入して市場を支えている方が要素として大きいだけではないのか。
 
個人的には、自分で聴く音楽はデータより CD で所有したいと思うし、紙の歌詞カードだってあった方が好きだ。だが、それはすでにいくらか時代遅れな感性であることも知っている。既にデータでしか購入できない楽曲もあるし、CD のリリース自体に見切りをつけたアーティストもいる。SNS での広告収益化を主な収入源としているアーティストすらいる。
 
今後おそらく、「mp3 の次の媒体」が普及するまで、レコードと CD は緩やかに縮小を続けるだろうと思う。よしんば日本の景気が爆発的に回復して、モノを買うことが再度ブームになったとしても、音楽だけは別、ということだってありうる。その頃には、既に現在の世代の次の世代が現れていて、彼らにとっては、音楽を聴くという行為は今とは全く別の存在になっているのかもしれないのだ。19 世紀前半の人間にとっては、音楽を持ち歩くという行為は考えられないことだった。我々が今「普通」に行っていることが、22 世紀には「全く不合理」な行為にならないと誰が言えるだろうか。

■プロフィール
【JUN】 ヘヴィメタルバンド XECSNOIN (ゼクスノイン) のベーシストとして 2001 年から音楽シーンに参入する。現在は Sirent Screem、MaKORN にて活動中。00 年代後半より SNS 上でで個人名義でコラム執筆を開始。2015 年から、物書きを本格的に始める。在独経験を基にした独自の観点で、音楽はもとより、比較文化論から政治経済に至るまで多岐にわたり論評を展開中。その独特のわかりやすさ重視の文体が好評を博している。趣味はモータースポーツ在宅観戦。 
 
※個人ブログ  ⇒ 『長文御免』